NARC通信 第14号

NARC通信 第14号

平成18年3月25日発行

  

「ラオスの銘木」


ラオス体験ツアーメンバー 田井中勝次

はじめに

黒檀、紫檀と言えば、わが国では昔から床柱やお仏壇、高級家具などの用材として
珍重されてきた。これらの木は「唐木」と呼ばれる高価な輸入材、いわゆる「銘木」
である。元々あったのはそれくらいの知識で、NARC主宰者池ノ上宏氏に連れられて、
ここ3年間に2度ラオスの南部と北部をそれぞれ旅行しながら、この国の山林に黒檀
や紫檀が自生しているとは夢想もしなかった。このことを教えてくれたのは、岩本
千綱著「シャム・ラオス・安南三国探検実記」という書物である。この本の初版は
明治30年8月、博文館から発行された。今年5月、2回目のラオスツアーから帰国後、
池ノ上氏に指摘されて、その復刻版(中公文庫1989年発行)を読んだ。著者が、ラ
オスのヴィエンチャン・ルアンパバーン間の山中で、フランス植民地行政府による
電信線架設工事の現場に行き合わせ、電柱に朱檀、黒檀などが用いられているのを
目撃して驚愕する話が出てくる。朱檀、黒檀は今もラオスの山野に繁茂しているの
か。電信柱にされた朱檀、黒檀は現在どうなっているか…..等などの疑問に取りつ
かれた。

地勢・気候

インドシナ半島の内陸国ラオスは、国土(2,370万ha)の80%が山地、残りがメコン河
とその支流の沖積平野および標高200m以下の台地である。高山は北部ラオスに多く、
その東部のノンカイ水系がベトナムを経てトンキン湾に注ぐ。しかし、その他の水
系はすべてメコン河流域に属し、カンボジアを経て南シナ海に注いでいる。気候は、
低地の湿潤熱帯性気候と標高1000m以上の湿潤亜熱帯山岳性気候の両タイプに大別さ
れる。メコン河に沿った低地全域では年平均気温24-27℃、高地山岳地では20℃また
はそれ以下。降雨量は概して低地の南部の方が多い。シエンクワン、ルアンパバーン、
サイニャブリで1000-1500mm、ヴィエンチャン、サヴァナケットで1500-2000mm、ルア
ン山脈で3000mm。モンスーンの季節は5~9月の間で、いわゆる乾季はメコン河流域では
4-5ヶ月だが、その他は地方によって多少異なる。

森林資源

「森と川の国」ラオスの森林率(森林面積/土地面積)は54.4%(世界27位)と近隣のカンボ
ジア、タイ、ベトナムのそれを上回る。ちなみに、日本の森林率は64.0%(世界18位
出典:FAO世界森林白書2001年報)。森林はラオスの最重要資源のひとつで、1990-92年
における同国の外貨収入の中で、丸太および木材産品が占める割合は41%と、次位の水
力発電電力22%を大きく引き離している。森林はかつて国土の70%を占めていた。しかし、
主として焼畑移動耕作、商業伐採などによって年毎に減少し、1981年には47%(1,120万ha)
まで減少した、との報告もある。

森林植生

森林植生について、(社)海外林業コンサルタンツ協会編「開発途上国の森林・林業 2005
年版」、鎌田藤一郎氏の論文「ラオスの森林・林業事情(熱帯林業No. 18, 1990年)」など
の資料によると、大部分は広葉樹で、針葉樹は高地に小面積の純林を構成しているに過ぎ
ない。林型別の分布地域は次の通り。
@湿潤半落葉樹林:西部および南部の標高約1000m以下に分布している。一般に、Anisoptera
robusta(フタバガキ科アニソプテラ属)、Dipterocarpus alatus(カンインビュ)などの巨
大高木層、Hopea ferra(フタバガキ科ホペア属)、Dalbergia oliveri(マメ科ツルサイカチ
属)、Dialium cochinchinensis(デアリゥム)などの高木層、そして潅木層、草本層の4層構成。
A混交落葉樹林:北部およびヴィエンチャンとパクライ間のメコン河沿いに分布している。
一般に、Tectona grandis(チーク)、Pahudia cochinchinensis(ベン)、Xylia kerrii (デン)
などの高木層、そして潅木層、草本層の3層構成。
Bブナ科、クスノキ科湿潤林:標高800-2000mの地帯に分布している。一般に高木層と潅木層
がはっきりしていないが、ところによって、Betula alnoides(カバノキ科カバノキ属)、Sapium
discolor(トウダイグサ科シラキ属)などの高木がブナ科、クスノキ科の樹種と混交している。
C針葉樹を伴う広葉樹林:シェンクワン地方の標高2000m以上の地帯に分布している。Manglietia
spp.(モクレン科マングリエティア属)、Elaeocarpus spp.(ホルトノキ科ホルトノキ属)などの
広葉樹に、Fokienia hodginsii(フッケンヒバ)が混交している。
D二次林:北部の低地方と北部の800-1000mの高地に分布している。低地二次林は、Macaranga
denticulata(トウダイグサ科オオハギ属)、Broussonetia papyrifera(クワ科コウゾ属)などが
小さな純林を形成し、高地二次林は、Styrax tonkinense(エゴノキ科エゴノキ属)などで構成さ
れている。
Eフタバガキ科疎林:メコン盆地、パクライ支流の下部、サバナケット東部に分布している。
Shorea siamensis(フタバガキ科ナラノキ属)、Dipterocarpus intricatus(フタバガキ科フタバ
ガキ属)などの高木層、そして潅木層、草本層の3層から構成。
F高地疎林:ブナ科密林が度重なる火事によって劣悪化したものである。

大東亜戦時下の森林調査

さて問題の黒檀(カキノキ科 学名:Diospyros munDiospyros siamensis 英名:ebony)や
紫檀(マメ科喬木 学名:Dalbergia cochinchinensis 英名:rosewood)、そして花欄(マメ科
喬木 学名:Pterocarpus pedatus)、鉄刀木(Cassia siamea 英名:tagayasan)はどこに繁茂
しているのか。ラオスにおいては一般的に商業用に重要な樹種は80種ぐらい、標高1000m以下の
原始林に自生していることが多いといわれる。上記の林型別分布地域にしたがえば、シェンク
ワン地方の標高2000m以上の地帯の「針葉樹を伴う広葉樹林」を除いて、大体どこにでも自生し
ていそうである。
少し古いが、信頼できる記録が見つかった。大東亜戦争勃発(1946年12月8日)の直後、日本政府
派遣の調査団の一員としてインドシナ半島(旧仏領インドシナ)の森林調査に従事された明永久次郎
氏(当時農林技師 林業試験所勤務)が、その成果を「佛印森林紀行(東京成美堂 昭和18年刊)」
にまとめられた。この中で、今の北ベトナムのビン市付近からラオスのシェンクワン高原に至る
調査旅行の途上(「佛印印度支那全図」に所載のフジアン−シェンクワン ルートにほぼ該当)、
安南山彙(アンナン山脈)の峠の国境(海抜1587m)を越えて、ラオス領バンバン(海抜577m)付近の平
坦林を行く際の記述に、「道傍の林地は多く刺竹の密林で人の侵入を阻んでいる。その間に濶葉樹
(広葉樹)の老大木を混生している。(中略)これらの濶葉樹中には国境の峠近くの高所で姿をかく
したバンランが再び現はれ又タガヤサン、クワリン、黒檀の類も見出される。(原文のまま引用)」
とある。さらに、ラオスの秘境チャンニン高原を通過した際、「欝蒼たる森林で覆われる安南山彙
の斜面を登らんとしてある渓流を渡った時に、その自動車の渡河用に目下建造中の渡船が全部花欄
材で造られて居たのに驚き、住民にその立木の所在を尋ねた所がその渡河点の河床から登り立ての
道傍の樹をさし示して?葉用の枝條を手折ってくれた程であった。(原文のまま引用)」とのエピソード
もある。
佛印印度支那全図
中村義男著「ラオスの旅−佛印随想」山根書房.昭和19年

業界人の見解

その辺の事情を業界人U銘木(株)のU社長にうかがってみた。同社長は、東京の銘木屋
さんが集中する新木場でも、実際にラオス現地を熟知する数少ない方である。U社長曰
く、「天然の紫檀や黒檀は確かにラオス国内のどこにでも生えていると言ってよい。
が、平均的に1ha当たり1本の割合。だから集めるのが大変。それに木材の輸出は政府
の厳重な統制下にあり、その枠の中で有力軍人さんたちが利権を握っており、またそ
の軍人さんたちには、ラオス人製材屋や外国人のブローカーが多数くっついている。
それに日本の場合、今日、生活様式の変化で、黒檀や紫檀の需要は減少している。床
柱やお仏壇に大金をかけて黒檀を使うなど余り流行らなくなった。」また、これらの
唐木の植林問題に関して、「日本的用途となると、ある程度の太さが必要で、それは
100年単位。インドネシアで現在盛んに伐採しているラワン材が、オランダ人が100年
くらい前に始めたラワン植林の成果が大きな割合を占めている」というものであった。

新木場の銘木展示場

朱檀

冒頭に出てくる朱檀について、植物辞典・図鑑の類には黒檀や紫檀は出てくるが、朱檀
は見出せない。しかし、インターネットを見れば、例えば、鑿・鉋の柄などの部材屋さ
んや指物師さんの業界では、紫檀とともに朱檀が用語としてしきりに使われている。
「紫檀の中でも赤っぽいものを紅紫檀と呼ぶことはある」というのは新木場にあるK銘
木店のお話し。京都のF仏具店は「そもそも朱檀という材質は存在しない。それは色合
いの加減でそう呼ばれているのだろう。仏具業界では、例えば、朱檀の仏壇は存在し
ない。しかし、数珠や家具をつくる業界では昔から紫檀に色付け加工をして朱檀と言っ
ている。」と教わった。要するに、紫檀にはいろいろと種類があり、その呼び名は実際
に物を作る業界によって違っているらしい。

むすび

今日、黒檀や紫檀などの唐木がラオス国内のどの辺に、どのように野生しているのかな
ど冒頭に掲げた疑問は、個人として今なお解けず仕舞いである。もとよりラオスの唐木
で一山当てようなんていう山気はさらさら無いのだが、兎に角、ラオスに足跡をしるし
た以上、一度はその山野に自生している原木をこの目で確め、眺めてみたい。われわれ
日本人は殆どの人が、黒檀や紫檀をそれらの心材が製品になった形でしか見ていない。
もし、その在りかを具体的に教わることなど筆者のような素人には到底及ばぬことなら、
1世紀以上前、フランス植民地行政府の下でラオスの森林調査を徹底して行い、その後
も数十年間にわたってその管理に従事したフランス人森林・林業専門家の記録・ドキュメ
ンツを勉強するしか仕方が無いか、とも考えている。