NARC通信 第18号

NARC通信 第18号

平成19年5月1日発行

  

インドシナ半島縦断旅行記(平成19年4月4日-13日)

昨年5月のインドシナ半島横断旅行に続き、今年はインドシナ半島を縦断しました。昨年と同
じメンバー(田井中勝次さん、田井中はつみさん、鈴木敬二さん、菅原悠耕さん、野村チエ子
さん、池ノ上絹子さん、それに池ノ上宏)にラオスからの研修員のボリチャンさんが加わって
一行は8人でした。

行程図

4月4日:
バンコク中華街のど真ん中、ヤワラート通りに面したホテル白蘭酒店に落ち着き、雑踏と喧騒の
街をうろつく。いつきてもこの街のエネルギーには圧倒されてしまう。夕食はカニ(マングーブ
ガニ)、エビ(大型淡水エビのオニテナガエビ)、シャコ(寿司だねのシャコの10倍くらいある
大型シャコ)、サンドゴビー(とても美味しいハゼ科の淡水魚)など豪華海鮮料理で、明日から
の旅行のために英気を養う。食べ切れずにカニとエビを残したのはまことに残念だった。

4月5日:
白蘭酒店からフアランポーンの中央駅までは歩いて約15分。午前6時40分発の急行ウボンラチャタ
ニ行きにやっと間に合った。3等車はエアコンがないが、去年乗ったエアコン付き2等車が寒すぎた
のに比べるとこちらのほうが快適である。3等車も座席指定。満席だった。バンコクを発車した直
後からひっきりなしに車内物売りが来る。水、清涼飲料、ビール、ウィスキー、アイスクリーム、
焼き鳥、茹で落花生、弁当、菓子、果物、タバコなどなど。これも3等車の楽しみである。はては
ハンモックまで売りに来た。弁当(約35円)を買って昼食とする。まことに質素な昼食だったが
結構うまかった。定刻より30分ほど遅れて、12時45分東北タイの大都市ナコンラチャシマに到着。

ナコンラチャシマ駅に到着

駅からトクトク3台に分乗して旧市街のコーラートホテルにチェックインする。休む間もなくトクト
クで郊外のバスターミナルへ行き、ピマーイへのバスに乗る。バスはそこかしこで停まり、車掌が
大声を張り上げてすし詰めになるまで客を呼び込む。4時頃やっとピマーイの遺跡公園に着いた。
観光バスがかなり来ていて、フランス人の団体客がゾロゾロと見物している。ほとんどが明らかに
メタボリック症候群患者の中高年である。

ピマーイは東北タイから中部タイへ点々と連なるクメール遺跡群の一つで、11世紀に建造された。
アンコールワットの壮大さにははるかに及ばないが、きれいに修復されてこじんまりと整った美し
い遺跡公園となっている。近くにある博物館にも行ってみたが、残念ながら4時閉館とのことで見る
ことはできなかった。

ピマーイ遺跡のクメール寺院

4月6日:
ナコンラチャシマからはバス旅とする。9時頃バスターミナルへ行くと客引きが寄ってくる。人相の
良くない連中なので思わず警戒してしまうが、お金をごまかしたりチップを要求したりすることは
いない。日本語をしゃべるのがいたりして、おかげでスムーズにウドンタニ行きのバスに乗ること
ができた。バスは例によって商売熱心な車掌のおかげですし詰めである。1人分の座席に2人座らせ
たうえに、たくさん積んであったプラスチック椅子を補助椅子にして通路にもぎっしり座らせる。

途中コンケンで一休みして2時にウドンタニに到着。ここからは直接ヴィエンチャンへ行くバスが
1日に5本くらい出ている。バスターミナルの切符売り場ではパスポートをチェックしながら発券し
ている。バス出発までに時間があったのでショッピングモールにある食べ放題のタイスキレストラン
で昼食をとる。4時ウドンタニ発、1時間くらいで国境の町ノンカイに着く。ラオスは今年になって
日本人をビザなしで15日間入国させるようになった。そのため、すんなりとメコン川を渡って国境
を越え、6時頃ヴィエンチャンのバスターミナルに着いた。大型トクトクをひろってドゥアンディアン
ホテルにチェックインし、タージマハールというインド料理屋で夕食。

ヴィエンチャン行きのバスに乗る

4月7日:
午前中はレンタカーでナムスワン養殖開発センター(NADC)付属の複合養殖農場(NARC通信
17号参照)を視察。土曜日にもかかわらず農場で働いているメンタオ君とブンニャンさんが迎えて
くれた。キノコ栽培、豚飼育、カエル養殖、新たに試みているコオロギ養殖、バナナ栽培などを見る。
ちょうど4月13日から1週間続くラオス正月に販売するためにラオラオ(ラオス焼酎)を蒸留してい
たので、できたてのラオラオを味わうことができた。野菜畑では猛烈な暑さのせいで日本野菜の栽
培がうまくいっていなかったが、菅原さんがバナナの葉を利用して野菜の日除けを作ったらどうか
とアドバイスをしてくれた。お金をかけずにできるこのような小さな工夫を積み重ねることが、複
合養殖農場にとって重要なことである。

1時半ヴィエンチャン発の飛行機でシェンクワン県の県都ポンサワンへ。ポンサワンは曇っていて
かなり涼しい。送迎車が迎えに来ていて、マリーホテルにチェックイン。ただちにジャール平原サ
イト1の遺跡見物に出かける。広々となだらかに続く見通しの良い草原に点々と転がる大きな石壺は、
それらを作ったのがどのような人々だったかをさまざまに想像させる。そしてインドシナ戦争時に
米軍が空爆によってあちこちにあけた大きな穴は、文明国、民主国家と呼ばれる国でも血迷うとい
かにでたらめなことをやるのかを改めて見せつける。夕食はホテル近くの食堂で、シンダーと呼ば
れるジンギスカン鍋もどきを食べる。

ジャール平原にて

4月8日:
朝から雨で肌寒い。小雨がしょぼ降るなか、ジャール平原サイト2とサイト3の遺跡を見物する。
誰がどうして、こんなにたくさんの重くて大きな石壺を広い範囲に置いたのだろうかと改めて思い
をめぐらせた。午後はムアンクンに行く。ここはかってシェンクワン王国の首都だったが、米軍の
爆撃により完全に破壊されてしまったため、県都が現在のポンサワンに移された。破壊された病院
や寺をみた後、黒タイ族の村を訪ねる。村人が集まって大きな吊り橋を架ける工事をしていた。村
をぶらついていると、数人の女性が黒タイ族の頭巾を売りに出てきた。長さ1.5m以上もある長くて
黒い布の両端に黒タイ族独特の模様を織り込んだものである。男も女もこれを使うという。

4月9日:
今日も朝から雨。早めにレンタカーでポンサワンを出発。ムアンカムでベトナム国境へ行く道と分
かれて隣県フアパン県の県都サムヌアに向かう道をとる。どんどん高度を上げながら走ると、小雨
に煙って至る所に焼畑が見えてくる。この季節、まだ焼いていない畑、焼いたばかりの畑、すでに
稲を植えた畑が混在している。フアパン県に入ってすぐのナムヌンで昼食のソバ(フー)を食べる。
この村はきれいな川のほとりにある。川にはたくさんの小型発電機が設置されており、発電機から
細い電線で各家に電気を引いている。野菜、焼肉、焼き魚などを売っている小さな市場では、おば
さん達が酒(ラオハイ)の壺を囲んで竹の管でチュウチュウと酒を吸ってにぎやかに騒いでいる。
ビールを飲んでいる女性もいる。来週から始まるラオス新年の前祝いがもう始まっているらしい。
我々にも飲んで行けと盛んにすすめるので、ラオハイを少しご馳走になった。曲がりくねった山間
の道を走り、5時頃サムヌアに到着した。フアラオという市場近くのゲストハウスにチェックイン。

ナムヌンでラオハイを飲む

サムヌアは織物で有名なところである。さっそく織物探しにでかける。大通りに面した店は中国人
の店ばかりで織物は売っていない。町はずれの村でいくつか織物工房を見つけた。絹の織物はとて
も美しく、良い物はさすがにかなり高い。サムヌアは食事の面では魅力のない街で、炒飯、焼きそ
ばなどありきたりの料理で夕食をすます。

4月10日:
午前中はラオス革命誕生の地、ヴィエンサイの洞窟群を見に行く。事務所で入場券を買い、カイソン
元首相がたてこもった洞窟を見物していると、事務所からガイドがきてくれた。ラオス語しかしゃ
べれないのでボリチャンが通訳をする。ガイドは鍵束をジャラジャラ持っていて、洞窟のあちこち
にある鍵を開けながら我々を導いてくれる。鍵にはラベルが付いていないので、合う鍵にあたるま
でに大変時間がかかる。鉄条網フェンスの扉では、さんざん鍵を試したあげく結局扉を開けられな
かったので、鉄条網を壊して我々を中に入れてくれた。鍵の管理はへたくそであるが、まことに仕
事熱心なガイドといわざるを得ない。

ウィアンサイの洞窟

昼をサムヌアのお粥屋ですまし、昨日通った山道を引き返して、ムアンカムの温泉リゾートを目指す。
ナムヌンで一休みしただけでひたすら走ったが、ムアンカムの温泉についたのは夕方7時過ぎになっ
てしまった。温泉リゾートはシェンクワン県が経営しているらしい。我々が到着したときには数人
の男がペイトン(鉄の玉を転がすビー玉のような遊び)に熱中していた。そのうちの一人が管理人
らしいが、遊びに夢中でなかなかお客の世話まで手が回らない。それでもやっと8部屋を用意してく
れた。電気がないとのことで、各部屋にろうそくを立ててくれた。夕食も材料がほとんど何もなく、
薄暗い職員食堂でタイ製のインスタントラーメンを作ってくれた。ボリチャンがナムヌンで買った
鹿肉や菅原さんがシェンクワンで買ったスイカが実にありがたかった。

部屋にはそれぞれバスタブがあり、温泉は水量が豊富で、ほの暗いろうそくの光で入る温泉はまた
格別であった。田井中さんの部屋の温泉は突然出なくなってしまったが、その原因は、犬か牛が温
泉のパイプを蹴飛ばして本管からはずしてしまったためであることが、翌朝判明した。

ムアンカムの源泉

4月11日:
朝、皆で源泉を見物した後、昨日の職員食堂で朝食。鳥スープができるというので注文したところ、
どこからか生きた鶏を持ってきて手際よくさばき、おいしいスープを作ってくれた。ポンサワンで
マルベリー農場というアメリカのNGOが経営する、養蚕−染色−織物の一貫生産・研修施設を見学
する。3時頃シェンクワン空港発、3時半ヴィエンチャンに帰り着く。ポンサワン、サムヌアの後な
のでヴィエンチャンが大都市に見えた。夕食はスクヴィマンというラオス料理の老舗。上品な味付
けでおいしく、価格も手ごろであった。

4月12日:
昼過ぎのラオス航空でヴィエンチャンを発ち、2時過ぎバンコク着。タクシーでワットプーへ。観
光客でごった返していた。インド人の団体が目立つ。急成長を遂げつつあるインド経済の中で、
中産階級が海外パック旅行できる経済力をつけてきたことの証だろうか。ワットプー名物タイ式
マッサージのお手軽10分間コースというのをやってもらう。肩が軽くなったような気がした。水
上バスと高架鉄道を利用して若者の盛り場サイアムスクエアーへ移動し、サイアムパラゴンとい
う去年開店した巨大デパート・ショッピングモールを見物。バンコクも新宿も盛り場はどこも同
じようだ。地下の食堂街で夕食をとったが、あまりの雑踏と騒音で、早くもラオスの平穏が懐か
しくなる。真夜中の飛行機でバンコク発。

ワットプー

4月13日:
機中泊をして、朝8時成田着。皆様お疲れさまでした。楽しく刺激に満ちた旅行を無事に終えるこ
とができました。心から感謝いたします。

(池ノ上)