NARC通信 第26号

NARC通信 第26号

平成21年6月29日発行

  

ミャンマー・シャン州、チャイントン訪問記

池ノ上宏

チャイントン訪問へ
4回におよぶラオス体験旅行(NARC通信5、10、16、18号)を敢行してきた高齢者旅行団の
第5回旅行として、ラオス、タイ、ミャンマーの3ヶ国をまたぐ「黄金の三角地帯」探訪が計
画された。タイとラオスは問題ないが、ミャンマーについては欧米や日本で評判の悪い軍事
政権下にあり、気楽に観光旅行ができるかどうか、二の足を踏んでいた。ミャンマーはタイ
側から眺めるくらいで我慢しようという安易な考えに傾きかけていたとき、旅行団の長老、
田井中さんから「黄色い葉の精霊」(ベルナツィーク著、大林太良訳、昭和43年、平凡社、
東洋文庫108)という本に記述されているケング・トゥングという町には是非とも行ってみた
いとの提案があった。インターネットで調べてみると、ケング・トゥング(Kayingtong、
チャイントン)は多様な民族が住んでいるシャン州最東部の町で観光旅行が可能なことが分
かった。「黄色い葉の精霊」は記している。“最後の峠の頂上に着いた。沈みゆく太陽の光
線の中に、ぐるりと山に縁取られた谷がわれわれの前にあった。そして谷の中央部に、過去
多くの征服者の争いの的だった古いケング・トゥングの町の優雅なパゴダが輝いていた。”
ベルナツィークがこの地域を旅行したのは1936−38年である。しかし、70年以上の時間を超
越して、夕暮れの峠でチャイントンの町を見下ろしている自分の姿が目に浮かんだ。どうし
てもチャイントンに行きたくなった。
黄金の三角地帯探訪の旅程は、バンコク−チェンライ(タイ)−メーサイ(タイ)−チャイン
トン(ミャンマー)−チェンライ−フアイサイ(ラオス)−チェンライ−バンコクと決定し
た。参加者は常連の田井中勝次、鈴木敬二、菅原悠耕、野村チエ子、池ノ上絹子の諸氏と世
話役の私、ほかに私の妻雅子が加わった。日程は2008年11月24日〜12月3日。バンコクで黄
シャツ派による空港封鎖をかろうじて免れて25日チェンライ着。26日国民党残党の村メーサ
ロンやアカ族の村を経由して国境の町メーサイに1泊。
チャイントン探訪
7日。メーサイでタイ出国手続きをして、国境の細い川にかかる橋を渡るとミャンマーの町
タチレイである。入管事務所で入国税一人10ドルを払って入国手続きをし、隣にある国営
旅行社に行く。写真2枚とパスポートのコピーを渡し、チャイントンに1泊したいと言うと、
チャイントン行きバス停までのタクシー、チャイントン行きのバス、チャイントンのホテ
ルの手配をしてくれる。写真を持っていなくても、近所の写真屋に連れて行ってくれる。
テキパキという仕事ぶりではないが、必要なことは何でも親切にやってくれる。パスポート
は国営旅行社に預けなければならない。そのかわりに名前、パスポート番号、顔写真など
が入った通行手形を渡される。ミャンマーの通貨はチャット(Kyat)であるが、タイ・バーツ
が流通している。チャイントンまでのバス代は一人320バーツ(約850円)だった。バスは
9時15分にほぼ満席で出発した。チャイントンまでは約5時間。途中の町で昼食休憩がある。
華やかな頭飾りをつけた親子連れがバスに乗り込んできたりして、さすが多民族が住む地
帯だと実感できる。2時頃チャイントンに到着。チャイントン・ニューホテルという最高級
国営ホテル(1泊約1,500円)にチェックイン。客はほとんどいないようでガランとしている。
フロントの対応は親切で感じが良い。部屋に落ち着くまもなく、世話人が全員の通行手形を
持ってバス停に出頭するように言われる。ホテルの若い者の案内でトクトクに乗ってバス停
に行き、バス会社に通行手形を渡して明日の帰りのバス便を確認する。
チャイントンは寺が多い、静かな町である。町をぶらついていると、何とあちこちに石敢当
があるではないか。石敢当はT字路の突き当たりに魔よけのために置かれる小さな石碑で、
中国伝来の民俗である。沖縄ではいたるところで見ることができる。チャイントンが日本と
つながっているという証拠である。町の真ん中にあるノントゥン湖の周りを散策し、湖畔の
茶店でコーヒーを飲んだり菓子をつまんだりする。まことにのんびりと気分が良い。夜はホ
テルに隣接した広場で大きな祭りがあった。夜店で焼き鳥やビールの夕食をすませ、祭りの
催しを現物する。踊りや歌は素人っぽくて学芸会といった雰囲気だったが、たくさん集まっ
た見物人は十分に楽しんでいるようだった。
28日の早朝市場を見物。特に珍しいものは見られなかったが、野菜、果物、肉な<ど豊富だっ
た。午前中のバスでタチレイに戻り、旅行社で通行手形と引き換えにパスポートを返しても
らい、タイに再入国。わずか1泊であったが、印象深いチャイントン探訪であった。
チャイントン後
ントンの後、タイのチェンセーン、チェンコーン、ラオスのフアイサイなどを巡った。最後
にチェンライに戻ったが、黄シャツ派のバンコクの国際線、国内線の空港占拠が続いていて、
3日間も足止めを喰った。しかし、チェンライは居心地の良い町で、足止め期間も十分に楽
しんだ。

国境の橋


タクシー

バスに乗り込んできた親子

チャイントンの寺

石敢当

ノントゥン湖