NARC通信 第29号

NARC通信 第29号

平成22年6月5日発行

  

7年ぶりのラオス訪問

小川道夫

私は1999年〜2003年、わが国NGOのボランティアとしてヴィエンチャン県農村開発プロジェ
クトに携わりました。ラオスは7年ぶりです。池ノ上さんと一緒の今回の訪問は3つの目的が
ありました。(1)本年度のNARC活動に関わる役所への説明と挨拶回り、(2)小学生と共に行う
水田生態系の生き物調査と保全啓蒙活動、(3)私が以前携わったプロジェクトのその後の確
認です。

(1)では畜水産局や県や郡の関係者と面談をし、ナムグム湖畔のレストランで夕食会をしま
した。仕事を終えて駆け付けた、畜水産局長のバイタリティと饒舌には圧倒されました。

(2)はヴィエンチャン県バンビエン郡とフアン郡の村で行いました。ラオス国立大学環境科
学部の先生と学生が、積極的に活動を牽引していました。紙芝居方式でクイズやお話を盛り
込んで、子供たちに生き物の生態や環境保全を説明する学生達の熱心な態度がとても清々し
く思えました。また、子供たちが目を輝かせて一生懸命に説明を聞いている様子に感動を覚
えました。大学生の質問に積極的に手を挙げて答える子供たちはよく田んぼの生き物の名前
を知っていました。日常の食事や市場で売るために自分達で獲りに行き、日頃から慣れ親し
んでいるのだから当然と言えば当然のことです。生き生きした子供たちと多種多様な水辺の
生き物の姿がとても新鮮でした。私は千葉県香取市の無農薬で水稲を栽培する農家で、昨年
2月から1年間働きました。その農家の田んぼには驚くほど多くの蛙、小魚、虫たちが生息し
ています。冬には多くの猛禽類や白鳥の姿が見られます。無農薬に加えて冬にも田んぼに水
を湛えることで、生き物にとって住みやすい環境になり、生態系が豊かになります。農薬を
使わずに一年を通して水を湛えるので、慣行農法にはない作業や苦労が多いのですが、一年
中田んぼの仕事があるのでいろいろな生き物との出会いがあり、私にはそれが楽しみでした。
ですが、子供の姿を見かけることがほとんどないのは寂しいことです。いつか、日本でも田
んぼの生き物の勉強を子供たちと一緒にやってみたいものです。

(3)ではヴィエンチャン県ヒンフープ郡の2村を当時のラオス人スタッフ2名と訪問しました。
ポンソン村では山の沢から簡易水道を引く工事をしました。石、砂、砂利、木材、労働力な
ど村で用意できるものはすべて出してもらい、さらに購入する資材費の25%を村に負担して
もらいました。村人との話し合いには実に苦労しましたが、簡易水道は今も村人の手で管理
されて大切に使われていました。当時、村の数カ所にしかなかった蛇口は、今は全家屋に引
かれていました。村の人口が増えたので貯水タンクの拡張を計画していて、資材の購入費に
は米銀行で蓄えたお米を売って充てると、村長が誇らかに話してくれました。米銀行もプロ
ジェクトで支援した活動です。当時の活動が、プロジェクトが終わっても村に根付き、村人
の手によってしっかりと運営されている姿を自分の目で確かめて、心から嬉しく思いました。
もうひとつのナトン村では主に共同耕作の支援をおこないました。今では共同耕作グループ
は解体されて、村の主だった人が耕作地を管理しているとのことでしたが、手入れが行き届
かず恥ずかしいからと見せてくれませんでした。ナトン村の共同耕作はプロジェクトが持ち
かけた活動でした。ポンソン村の簡易水道と大きく違うところはその点です。ポンソン村で
は水がどうしても欲しくて村から要請が出されたのです。私達の支援は最低限にとどめてで
きるだけ目立たないようにし、村が主体になるようにしたのが良かったのだと思います。

7年ぶりにラオスを訪れて、様変わりしたヴィエンチャンの町を見、あちこちに建設される
ダムの話を聞いて、社会の急激な変化に伴う弊害を危惧しないではいられません。一方で、
以前プロジェクトで一緒に活動した仲間や、村人達に笑顔で温かく迎えられ、ラオスにおけ
る私の活動は小さくとも意味のあることだったと知りました。ラオスは今後さらに変化を迫
られてゆくでしょうが、プロジェクトを通して育んだラオスの人々との絆を今後も大切にし
たいと思います。

小学生に紙芝居を見せる大学生

小学生と採集した水生生物を調べる

小学生が採集した水生生物

ポンソン村の村人と簡易水道の貯水タンク