NARC通信 第8号

NARC通信 第8号

平成16年8月30日発行

  

ラオス骨董探検記


鈴木敬二


ラオスへの旅は骨董品収集の自慢話から始まった。久方振りに会った池ノ上さん
からラオス行きを勧められた。それも、ラオスで骨董品探しをやろうとの話になって
いった。資金援助をするために、ラオスで買ったもので、日本で高く売れるものがな
いかという話だ。

まず考えられたのは、クメールの仏像だ。カンボジア戦争の後、アンコールワットな
どの遺跡が破壊され、石彫が流失しているという。クメール文化の端の地だから、何
かありそうだと考えた。第二は、陶磁器だ。東南アジアを歩くと、中国の明清の染付
けや、安南や宋胡録の皿や茶碗など、古い物に必ずぶつかる。今もラオスには、メコ
ン河を通じ、中国やベトナム、タイから多くの商品が入っている。古くから、これら
の国々と交易していたはずだ。陶磁器も残っていると考えた。

35年前、淡水イルカの調査でパキスタンに行き、タキシラの美術館で、ガンダーラの
仏像を見て楽しんでいた。そこへ、地元の若い男が、仏像を買わないかと声をかけて
きた。半信半疑で彼について外へ出る。物影に隠してあった品物を見せられたが、総
て新しいもの。拒絶して去ろうとすると、本物は別にあるという。タクシーに乗せら
れ、民家に案内されると、床にごろごろとガンダーラの仏像の破片がころがっていた。
そして数個を購入し、タクシーでホテルまで送ってもらった。その後も、インド、タ
イ、インドネシア、フィリピンと、陶磁器や仏頭などを買って楽しんでいる。この経
験からすれば、買い手がいれば売り手はかならず現れると思った。

バンコクから空路ビエンチャンに入った。窓からは、ずっと森林地帯、ところどころ
火事の後のように赤茶色が見え、立ち枯れた木が残っている。後で聞くと、焼畑農業
のあとだという。やっと水田が見えたと思ったらわずかの家並。そして、飛行機は下
降し、田舎の空港へ到着した。

ホテルにチェックインをすませ、さっそく骨董屋歩きを開始した。池ノ上さんの記憶
から、数軒をのぞいたが、あるものは、最近の中国製のコピー品の焼物ばかり。私の
目指す物は何もない。店になくても、奥や二階の部屋に案内し、本物が出てくるのが
通例なのだが?店の人たちは純朴で、我々を警戒している様子でもない。店に並んで
いるのがすべてのようだ。買いたいものはなにもない。

案内役の現地の人が、市場の二階にも数軒の店があることを思い出してくれ、さっそ
くビエンチャン最大の市場へと向かった。この二階には驚いた。純金一色で輝いてい
る。夕方になり、各宝石店に人が集まり、品定めをしている。財産を純金製品で貯え
るしか方法がないのだろう。この中に骨董屋もあった。しかし、銀製品や古い銅器な
ど、美術品といえるものはなにもない。ラオスでの骨董探しは初日で挫折してしまった。

ホテルに帰り、ゆっくり落ち着いた時、はたと気がついた。数軒の店に、埃をかぶっ
たものの中に、石斧があった。それも研磨された優品で、種々の大きさのものが転がって
いた。仏像や陶磁器が頭の中にあるものだから、石斧には手もふれていなかった。翌
朝、朝食を摂りながら池ノ上さんに石斧の話を始めた。かって、私は岩手県の三陸海
岸の僻地の大学に25年間勤めた。この地は縄文遺跡の宝庫である。第一回の卒論の学
生の中に、石鏃拾いに熱中したのがいた。3年間で約300個を集めていた。彼の案内で
研究室全員で、春先の畑を探しまわった。1日に2、3個が拾えた。しかし、彼のコレク
ションの中にも、石斧は1個だけで、それも真ん中でふたつに割れていた。その後、気
仙沼の骨董屋で3個を見つけ、大喜びした。石斧は日本では貴重品だ。この話で、池ノ
上さんの顔も明るくなった。朝食後、前日の市場の二階へ直行し、石斧の値段を聞い
た。1個が10ドル前後。これなら、日本で売っても採算がとれると考えた。

翌日は、世界遺産になっている古都ルアンパバーンに飛んだ。ここでも、骨董屋を探
した。店は少しきれいになったが、仏像や陶磁器はない。ガラスケースの一番下に石
斧が転がっていた。値段は5〜7ドル。少し安くなった。夕方、町の中心には夜店が並
ぶ。それも通り一面にござを敷き、商品を並べ売っている。これらは主に織物で観光
客目当ての店だ。この中に、数軒、石斧を置いてある店があった。今度は池ノ上さん
が値切り始めた。3つまとめて10ドル。段々安くなっていった。


磨製石斧


古都ルアンパバーンには、王宮博物館がある。1909年に建立された王宮の中には20世
紀初頭のフランスや中国製の食器が並んでいて、私が予想していた古い陶磁器はどこ
にも見当たらなかった。まして、クメール文化を感じるものはなにもない。ラオスの
貧しさが実感された。

帰路、バンコクの有名骨董屋をのぞいた。その中に、クメール仏だけを売っている店
があった。100体以上はあり、あやしげなものもある。ルーペを出して、明るいところ
で眺めていると、店員の女の子が霧噴器を持ってきて、仏頭に霧をかけ臭いをかげと
いう。数百年土中に入っていた特有の臭いがする。あまり売れないのか、安く値切って
購入できた。これはクメールの初期、13世紀の仏頭だ。今、我が家のテレビの上の飾
り場に鎮座している。

後日談。インターネットオークションで石斧を売ったのだが、あまり日本人の関心が
ないという。残念だ。こんなに貴重なものなのに!!



NARC勉強会

7月30日と8月27日にNARC勉強会を轄総ロ水産技術開発で開催しました。
出席者は次の通りでした。

小野征一郎(近畿大学農学部教授、漁業経済)
伊勢田涼子(前東京海洋大学教授、社会学)
田村直司(水産庁国際課海外漁業協力室)
木谷浩(JICA国際協力専門員、水産)
大平智江(東京大学大学院国際水産開発研究室)
森本直樹(轄総ロ水産技術開発、NARC世話人)
寺井充(轄総ロ水産技術開発)
曽根重昭(轄総ロ水産技術開発)
茶木博之(轄総ロ水産技術開発、NARC世話人)
足立久美子(轄総ロ水産技術開発、NARC世話人)
佐野幸輔(轄総ロ水産技術開発、NARC世話人)
池ノ上宏(轄総ロ水産技術開発、NARC世話人)

前回から読み始めた

大野昭彦. 1998. 農村工業製品をめぐる市場形成-----ラオスにおける手織物業-----.
アジア経済 39(4). 2-20.

を輪読しました。

ラオスでは布の多様なデザインを決める垂直綜絖を作成する技術をもった女性が織元と
して、生産から市場に至る過程に大きな支配力を持っています。織元は流通業者から売
れ筋のデザインに関する情報を得てこれを垂直綜絖に作成し、織子にそれを使わせて織
物を織らせます。手織業は設備投資の面でも運転資金の面でも大きな資金を要しないの
で、流通業者は織元を資金面で従属させることができません。また技術的にも織元に依
存せざるをえないので流通業者は強い支配力を持つことはできません。織元は内機織子
(織元の家にある機で織る)あるいは外機織子(織元から機を提供されて自宅で織る)
として織子を組織化します。組織は伝統的な村落共同体の行動規範を通して管理され、
特別の労務管理は行われません。主として外機織子を組織するのを問屋制手工業的、内
機織子を組織するのをマニュファクチュア的と分類できますが、両者の間に生産性や労
務管理、品質管理の面で本質的な違いはなく、後者を前者の発展形態であると考えるこ
とはできません。

この論文を輪読する中で、途上国における調査の方法論、市場経済化、開発経済学、手
工業技術などいろいろな面に関する有意義な議論が行われました。

8月27日の勉強会では、JICA専門員の木谷さんから「プロジェクトの時間管理と時間によ
る活動の評価について」の話題提供がありました。木谷さんは、プロジェクトの投入が時
間を最も有効に使うという観点から決定されていない、プロジェクトの活動評価が時間を
有効に使ったという観点からなされていない、という現状に問題意識を持って、これらの
問題に取り組むための手法を整理・開発しています。

   特に活動評価について、要素活動ごとに従来の目標達成度を各要素活動に投入された実質
活動時間で重み付けをして有効活動時間を計測し、その総和を実質活動時間の総和で割っ
て活動全体の有効度を数値化するという手法を提唱しています。技術協力の有効性を評価
するための一つの効果的な手法と考えられます。異なった地域や国における技術協力の有
効性を比較できるという可能性も秘めた非常に興味深い手法です。



ラオス〜雲南省旅行について

タイやラオスに住む人々の祖先の多くはその昔、雲南省南部から南下して現在の地に住み
ついたといわれています。現在でも雲南省の最南部はタイ族自治州となっており、多くの
タイ族の人々が住んでいます。NARCでは、タイ人やラオ人の南下ルートをさかのぼる、ラ
オスから雲南省への旅行を計画しています。バンコク(タイ)−ビエンチャン−ルアンパ
バーン−ウドムサイ−ボーテン(以上、ラオス)−モーハン−モンラー−ジンホン(以上、
雲南省)−バンコクというルートを考えています。このうちルアンパバーンからジンホン
にいたるルートはバスを乗り継いでラオス・中国国境を越え、ゆっくりと旅行したいもの
です。旅行は来年3月ごろに全日程は10日前後で計画しています。

現地の情報をインターネットで集めていますが、宿泊施設や交通機関などの状況がいまひ
とつはっきりしません。グループでいきなり出かけて宿や乗り物でトラブルがあると困り
ますので、あらかじめ池ノ上が11月に現地の状況を見てこようと考えております。その結
果はまたNARC通信を通じてお知らせいたします。