NARC通信 第9号

NARC通信 第9号

平成17年1月1日発行

  

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。



ラオスから雲南省へのバスの旅


平成16年11月11日に日本を発ち、12日ビエンチャン着。ビエンチャンで2泊して、
畜水産局の旧友や、モン族の村ナムニャム村のチョンチャーさんと旧交をあたためて、
14日に北部の旧都ルアンパバーンに飛行機で移動した。ここからバスを乗り継いで、
中国雲南省のシーサンパンナー・タイ族自治州の州都景洪(ジンホン)まで行く。中
国との国境まではNARC現地世話人のボリチャンさんに同行してもらった。

11月15日(月)
11月中旬のルアンパバーンの朝はかなり涼しい。6時にバス停に行ったら、ウドムサイ
行き8時40分発のバスが停車していた。切符を買ってからバス停内の屋台で朝食。用心
のために7時半頃からバスに乗り込んで座っていたら、予想通り出発時には超満員で通
路にプラスチックの補助椅子を持ち込む騒ぎになった。運転手の奥さんと息子2人が乗
り込んでいて、声をからして通路にあふれんばかりの荷物を整理したり、補助椅子に客
を座らせたりする。バスはナムウー川に沿って北上する。ところどころの村で人や荷物
を積み降ろすので、車内の混雑はますますひどくなる。

パクモンで休憩中のウドムサイ行きバス

途中トイレ休憩(ただしトイレはない)が1回あっただけで、昼過ぎにパクモンに到着。
短時間の休憩で昼食の暇もなく出発し、モン族の村が点在する山道を走って、午後3時過
ぎやっとウドムサイに着いた。クンケオ・ゲストハウス(エアコン付きで1泊5ドル)に投
宿する。

ウドムサイ発中国行きの国際バスを探して街を歩き回ったが見つからない。宿のオーナー
によると、かっては旅行客が多かったので国際バスがあったがこのところ客が減ったので
なくなったとのこと。国境のボーテンまでは10時発のバスがあるらしいが、バスは混むう
えに時間がかかるので体力的にしんどいし、出発時間が遅いので日が暮れる前に雲南省の
それなりの街にたどり着けるかどうか不安がある。そこでバスはあきらめ、宿のオーナー
に自家用車でボーテンまで送ってもらうことにした。値段は60ドルとものすごく高い(バ
スなら100円くらい)が用心第一の高齢旅行者としては仕方がない。この日の夕食は水牛
の胎児(ノン・グー)のスープに、蒸したふ化直前の鶏卵(カイ・ルー)、それに魚の
スープともち米という妙な組み合わせだったが、栄養満点で体力が強化された気がした。

11月16日(火)
朝6時ウドムサイ発。しばらく行くとひどい悪路の山道になった。バスにしなくて良かった
と胸をなでおろす。ところどころ中国の会社が道路工事をやっている。中国は南に抜ける
陸路の確保に力を入れているのだろうか。8時半ボーテンに着いた。何もないところで朝食
を食べる店もない。ラオス側で出国手続きを済ませ、約1キロ離れた中国側のモーハンへ。
中国側に入ると時間が1時間進み9時半となる。

ボーテンの国境ゲート

モーハンの国境市場

中国の入国管理官は流暢な英語を話し、入国手続きは簡単に済んだ。15日間以内はビザな
しで入国できる。モーハンには色とりどりの2階建て長屋式店舗がたくさん建設されている。
しかし、まだ店はほとんど入っていないようで買い物客の姿はあまり見えない。9人乗りの
ミニバスが待っていて客を引いている。運転手は私の顔を見ながらモンラーまで200元
(1元は約15円)くれという。「地球の歩き方」には12.5元とあるので高いというと、
あっさり値下げし30元くれればモンラーから景洪行きのバスにちゃんと乗せてやるという。
ここでボリチャンと別れ、ミニバスは5人の客を乗せモンラーへ出発。

ラオス側の山は焼畑が多かったが、中国側の山は焼畑がなく茶畑とゴム林が連なっている。
モーハンの国境商店街建設といい、中国がこんな辺境までリキを入れて市場経済化を進めて
いるのが実感できる。道ですれ違う年寄は少数民族の服装をしている者が多い。ラオス側で
見たモン族と同じような服装もたくさん見かけた。

11時頃モンラー着。モンラーはビエンチャンよりもにぎやかなかなりの街である。立派なバ
ス停があり、ミニバスの運ちゃんが景洪行きバスの切符(31元)を買ってくれ、乗り込むバ
スを教えてくれた。約束はちゃんと守ってくれたのである。景洪行きバスは12人乗りのミニ
バスである。切符はコンピュータで発券され座席も決まっている。11時40分モンラー発。出
発してそんなに行かないうちに、乗客の一人が車酔いでゲーゲーやりだした。中国人はラオ
ス人に比べるとみなタフそうに見えるが、車に弱い者もいるのだった。

モンラーのバス停、景洪行きミニバス

ミニバスは1時頃モンロンというちょっとした街で休憩。バス停にはパラソルを広げて熱帯
果物を売る店がたくさんある。シーサンパンナーは熱帯なのである。ご飯に惣菜をぶっかけ
て発泡スチロールの箱に入れて売っている。惣菜はいろいろあって目移りがしたが、豚肉と
高菜に唐辛子を混ぜて煮たのを選んだ(3元)。プラスチックボトルの水は2元。他の乗客に
ならって道端にしゃがんでぶっかけ飯をかっこんだが結構うまかった。その後もゲーゲーや
り通しの男を乗せて、4時景洪に着いた。

バス停に着くと男や女がたくさん寄ってきて何か言っている。英語は一言も通じない。どう
せホテルまで連れて行くと言っているのだと思い、一番うるさい男を指名した。彼について
いくと、自転車の後ろに幅70センチ、長さ100センチくらいの鉄板の荷台をつないだ人力車が
あった。屋根も座席もない荷物用人力車である。これに荷物と共に乗り込み「地球の歩き方」
で目星をつけておいたホテルに向かったがそこは改築中で閉まっていた。それではと人力車
の運ちゃんが「景洪市外貿賓館」というのに案内してくれた。フロントの女性は英語を一言
も話さないが、筆談で1泊150元という手ごろな値段であることが分かったのでチェックイン
する。

荷物運び用人力車

人力車の運ちゃんはもっと稼ぎたいらしい。雲南省の省都昆明(クンミン)まで飛行機で行く
ので切符を買いたいというと、喜んで旅行代理店に連れて行ってくれた。買った切符の飛行便
は明日の午後9時発であった。明日は景洪でずいぶん時間があるから街の観光案内をするという。
はじめは人相があまり良くないので警戒する気持ちがあったが、こうして何時間か付き合うと
人も良さそうだし機転が利くので、明日の観光案内を頼むことにした。今日の分の支払いは8元。
夕方は一人で街をぶらついて、比較的にぎやかな一角にある「瓦城冷飯店」というところで
紅焼猪肉飯とお茶の夕食。8元でうまかった。

11月17日(水)
朝7時頃から街の散歩。景洪はかなり大きな街である。経済発展が進んだ中国の観光ブームに
乗って最近になって開発が進んだという。役所、商店、会社の看板には漢字とともにタイ族の
文字が書かれている。朝食には豚挽肉の入った脂ぎったそば(3元)を食べる。シーサンパン
ナー市場をぶらぶらと見物。大きな市場で商品が豊富でにぎわっていた。

11時頃人力車が迎えに来た。荷台に乗ってのんびりと、まず民族工芸市場という商店街に行く。
宝石・貴石を売る店がずらりと並んでいる。店にいるのはほとんど一癖ありげなビルマ人か
インド人で主な商品はヒスイ細工である。お茶屋も多い。実に多種のお茶を売っている。
続いて曼聴公園を見物。入園料は40元である。かなり広い公園で、タイの寺院と同じような
きらびやかな仏教寺院があった。観光シーズンを外れているのか閑散としている。立派な舞
台があって色彩豊かな民族舞踊ショーをやっていた。客があまりいないのに大勢の娘たちが
気まじめに踊っていた。曼聴公園に隣接して闘鶏場があった。鶏を四角いリングで戦わせ
リングから追い出された方が負けである。バリ島の闘鶏のように蹴爪にナイフを結び付けて
戦わせるといった血なまぐさい闘鶏ではない。入り口に賭博禁止の看板があったが、皆血眼
になって札束を握りしめていた。

チャーハンとスープの昼食(11元)をとった後、民族風情園に案内してもらった。入園料30元。
ここではシーサンパンナー自治州内の各少数民族の家が見られる。家々にはそれぞれの民族
衣装を着た娘がいて写真を取らせてくれる。写真のお礼にチップを渡そうとしたが受け取っ
てくれない。立派な心意気の娘たちである。中国人の客には民族の説明をしているようだが、
こちらにはまったく分からない。英語の説明はもちろんしてくれない。

民族風情園のプーラン族の娘

夕方、人力車に揺られて飛行場に向かった。飛行場近くにタイ族の古い集落があり、高床式の
家屋が集まっていた。瓦葺の二重の屋根を持ち頑丈そうなつくりでラオスの高床式住居より重
厚な感じの家々である。景洪飛行場で人力車と別れる。今日の人力車への支払いは30元。中国
東邦航空の昆明行きは予定より1時間くらい遅れて出発した。わずか1泊2日だったが印象深い
シーサンパンナー滞在だった。

空港近くで見たタイ族の家

この後、昆明で2泊した後、タイ航空でバンコクに移動し、バンコクで1泊して11月20日に帰国
した。昆明では雲南省博物館で中国古代銅鼓展というのを見て感激したが、この件に関しては
号を改めて報告したい。
(池ノ上)